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クラシック音楽は何も求めない、ただ問いかけてくる

それなりの期間を生きてきたので、それなりに重大な局面を乗り越えて来た。泥水のような日々。自分の無力さを突き付けられる出来事。平穏な生活を棄ててしまった日。悔しい涙が流れたこと。そんな一言で説明できる事はまだましなほうで、言葉で説明できないほどに恐ろしかったり、グシャグシャに絡み合った感情が出てくることもあり、立っていられない心持ちに陥ることもある。つらいことつらいことつらいこと。僕のそのつらさを軽くして慰めたのは、やっぱりクラシック音楽だった。

クラシック音楽という宝箱は底なしだ。僕の感情にぴたりと寄り添ったり、反対の立場から喧しく鼓舞したり。箱から飛び出しては忙しく立ち回る。いつもいつもそんな幸福があるわけではなくて、望んだものとは重ならない音楽を選び取ってしまい、癒されたいのに逆に傷口を広げてしまうようなこともある。また別の時には一度は鼓舞してくれた音楽が、驚くほど嘘臭く響くことも。鳴る音楽は同じはずなのにこの違いが起こる要因は、明らかに僕側にあるのだ。

クラシック音楽、中でも詞を伴わない器楽の聴こえ方の変貌に驚かされる。聴くという行為が音楽の形を決めていく。音楽を聴くことは受動的なことではなく、自分の感情の形に音楽を嵌め込む主体的な営みだと思う。僕にとってのクラシック音楽はそう思わせてもらえる、自由な形で参加できる部類の音楽なのだ。

ビーチ・ボーイズが好きだ。彼らの音楽は他で聴けない美しさを湛えているし、技量の高さに舌を巻かざるを得ない。けれど彼らの音楽が僕のものだと思える瞬間はあまり訪れない。創作者と発信者が同じということは、どこか聴き手の受け取り方を一面的なものに強要する側面がないだろうか。彼らの世界観を承服しない限りは、それを楽しむ資格は与えられない。僕はカール・ウィルソンの静かなパッションを愛しているから資格があると思うが。ビーチ・ボーイズに限らず、誰だって同じだ。中島美嘉の物語を受け入れない限りは、ユニコーンの変化を許容しなければ、脱落していくほかない。ロックやポップスのライブ映像を見るにつけ思うのは、一人一人の楽しみ方を尊重してはもらえないのだろうかということだ。飛んで、手を振って、叫ぶ、それを皆で一緒にやる必要はあるのだろうか。会場の一体感を視覚的要素に求めるあのライブたち。クラシックの演奏会に足を運ぶより、僕は緊張すると思う。

クラシックを創造した人は作曲家だが、今楽しまれている音楽の作曲者その殆どが亡くなっている。ベートーヴェンモーツァルトマーラーエルガーもファリャもプッチーニグリーグもエネスコもコダーイショパンショーソンシベリウスも、もう居ない。彼らの作品を演奏するのは、演奏家たちだ。作曲家が存命であったとしても、ピアノやヴァイオリンなどの独奏曲でない限り、創造者たる作曲家がそのまま発信者であることは有り得ない。この伝達の過程があることで、彼ら作曲家の世界観はかなり薄められてしまう。よくも悪くも。悪い例としては、創造者の思いが伝わらなくなってしまうこと。演奏家の恣意的な考えに基づいて作曲家の思いが歪められ、本来演奏されるべき姿から乖離してしまう。良い例としては、客観性が生まれ伝わるための普遍性を獲得することが出来ることと、その音楽を受け取るための選択肢が増えること。「このピアニストの演奏は好きだけど、別のこのピアニストの演奏は苦手」とか。だから(?)、クラシック音楽は宝箱なのだ。

僕の感情に合わせて形を変えるようなクラシック音楽クラシック音楽の訴求性は、広く薄く引き延ばされたものにならざるを得ないと思う。楽しみ方が本当に様々なのだから。そしてクラシック音楽は皆が思ってるほど、多くを聴き手に求めてくることはない。あるとすれば、こちらが何を欲しているのかを常に問いかけてくること。そして、広く薄く拡がったものの中から、好きなものを見付けられるかどうかを僕らに試すこと。好きなものを見付けられない、それが難しいと考えられるのだろうか。でも大丈夫。何を選んでも間違いはない。好きなものを決めればそれがその人のクラシック音楽だ。そしてその好きなものはまたどんどんと変化していく。それは自分の変化を確認する術でもある。

クラシック音楽は僕のものだ。僕が好きなクラシック音楽の姿や中身は、誰からも見ることはできない。コンサート会場に行こうが何をしようが同じこと。僕が楽しむ音楽は僕一人のものなのだ。そんな居直りをしてしまえばいい。誰の目も気にする必要はない。コンサート会場では静かにして欲しいけど。