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「スーパーマン」の音楽のダサさとか小中学校のこととか

映画「スーパーマン」の音楽はなぜこんなにダサ恰好良いのかと考えながら聴いているうちに次の曲になってしまった。次の曲は「リバティ・ファンファーレ」だ。

思い出した。僕の小学校の給食準備の音楽が「スーパーマン」だったことを。「スーパーマン」がダサいのではなくて、僕がこの音楽を体験していたシチュエーションがダサかったのかも知れない。小学校という環境のダサさとか恐ろしさなんてのは、今考えても緊張が走る。

小学校の登校の音楽はもちろん「ペール・ギュント」の「朝の気分」で、下校はやっぱり「新世界より」の第2楽章だったのだけど、給食準備と清掃の音楽だけは個性が光っていて、前者は「スーパーマン」のテーマで、後者が「オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ」の運動会駆け足風のアレンジの音楽だった。僕は放送委員で、そういった決められた音楽を粛々とかけたり、全校集会の際に使用するマイクを準備したり、運動会の保護者競技の実況をやったり、給食や清掃の終わりを告げるアナウンスをしていた。

あまり目立たないタイプの児童だったと思うが、教師にそういう役割を担わされると、望まなくとも目に耳につくようになる。そして理不尽に乱暴な友達T.S.やM.M.あたりに目をつけられる。彼らは一人一人だと気のいい奴だった。「タッチ」の単行本を貸してくれたし、ファミコンを持っていない僕を快く家に招き入れ遊ばせてくれたりもした。一緒に自由研究のようなことをやったりもしたはずだ。だが彼らは教室では豹変する。クラスの女子の前でワイルドな態度を見せたいのか、他のライバルに自分の力を誇示するのが目的なのか分からないが、僕を含む穏健な児童に乱暴を働く。体育の時間でグラウンドに出る前の下駄箱前でヘッドロックをしてみたり、後ろの席から僕の背中に拳の骨の部分を押し付けてきたり、色々だ。

中学校に上がっても彼らは居たが、クラス数が多くなったので出会うことは少なくなったし、教師が度を越えた指導力を発揮して彼らを取り締まっていたせいで、過ごしやすかったほうだとは思う。ただ度を越えた指導力を間近で見るのは気分の良いものではなかった。整髪料が禁止されていたので、頭髪をムースやスプレーで整えてきた生徒は、教師立ち会いのもとトイレの横の流しで頭を洗わされていた。真面目に授業に参加しない生徒の教科書は、教師に窓から投げ捨てられた。修学旅行2日目に寝坊した生徒は、皆が朝食を食べている間中、食堂の入り口に立たされ続けていた。そして、T.S.やM.M.はいつも教師のそんな指導という名の仕打ちの対象になっていた。

中学校では目に見える乱暴は減ったが、今度は陰湿な駆け引きが起こる。小学校の時は穏健な側だった児童がその担い手になっていく。中学校では体力的にアドバンテージがある生徒と、皆の前で面白おかしく振る舞える生徒がリーダー的な存在になれた。その面白おかしく振る舞える生徒ほど、陰湿ないじめ的な行動をとった。これは誰の目にも触れられないような行動なので、もっと訳が分からない。何かを誇示するためでもない。本当に意味不明だった。

そして高校に入学したら、そういう輩は皆居なくなっていた。

子供の頃に戻りたいかと訊かれれば、絶対に戻りたくない。戻っても高校まで。小学校・中学校のあの理不尽で混沌とした空間には二度と身を置きたくない。T.S.やM.M.は今何をしているのだろう。関心はあるが、同窓会があっても行くのは躊躇する。でもまあ、彼らのような人間も含めて世の中なんだよなと思うと、一定の経験を出来た小中学生時代は貴重な期間だったのかも知れない。

「スーパーマン」の音楽からズルズルと考えながら携帯で書いていたら、こんなことに。勿体無いので思い出として残しておく。

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